・8月24日 昼
太平洋岸の海抜0m地帯、昨日来た道を戻ります。
途中、性的虐待を告発するよう啓発する看板の場所に差し掛かると、裏面には別のメッセージが書かれてありました。
「あなたの沈黙があなたの加害者を守っている」
告発する勇気が正義をもたらします。
性的被害者の背中を押す一言です。
これに勇気づけられる被害者がひとりでもいれば(この読者の中にも)と願います。
しばらく海沿いを走ってドミニカルから進路を北へとり、曲がりくねった細い山道の登坂が始まります。
やがて、眼下にはペレス・セレドンの街が広がってきます。
一旦その盆地まで降り、そこからパン・アメリカンハイウェイ(旧道)を再び登り始めます。
やがて車は雲霧林地帯へ。
文字通り、雲や霧が常にかかっている地域で、視界が真っ白な中をドライブしていきます。
通り慣れているので普通に走っていますが、慣れている人でないと怖くてスムーズに運転できないほど視程は遮られます。以下の動画でもそれがわかりますが、実際の視界はこのビデオよりはるかに悪いです。
途中、動物注意の看板を発見。
コスタリカで最も多い動物注意看板のモチーフは牛。
ですが、この看板は…
何だかわかりますか?
正解は…
バクでした!
そうこうしているうちに、目的地のセロ・デ・ラ・ムエルテ近辺へ到着。幹線道路を左折してロッジのある方へ急坂を下っていきます。
今回の目的地はこのロッジ、Paraíso Quetzal(パライソ・ケツァール)。
ここも雲霧林のど真ん中です。
その標高、2,700m。かなりの高山地帯です。
早速チェックインして、従業員の方に今回の訪問目的を説明します。
生物回廊について調査していること、このロッジのオーナーであり、この地域の生物回廊プロジェクトのリーダーでもあるホルヘ・セラーノ・ジュニア氏にインタビューしたいこと、このロッジで行なっているケツァール観察ツアーに実際に参加したいこと、などなどです。
すると、特別価格でご案内していただけることになりました。
こういう「仲間意識」の強いところも、コスタリカならではです。
同じ目的意識を持つものを仲間と認定し、互いのレベルアップには商売抜きで協力し合うことがしばしばあります。私は研究者・リサーチャーとしてこの国に滞在することが多いので、自分の立場を説明すると、かなりの割合でその恩恵を受けます。
今回は「生物回廊仲間割」といったところでしょうか。
もちろん私も嬉しいですし、彼らも私のような人間に来てもらって心から歓迎してくれていることが、態度からも伝わってきます。この「人間同士の心の連帯」こそが、「コスタリカの秘密」のひとつでもあるのです。
今回の調査旅行は、全体で3週間の長丁場です。
ここだけは贅沢をして体力を回復させようと、一番いい部屋を予約しておきました。
雲霧林の中に部屋ごと包まれている雰囲気が伝わるでしょうか。
夜はブラックベリーのフレッシュジュースに名物料理の鱒、デザートにはクレープとアイスクリームをいただきました。
部屋のバスタブ(コスタリカではめったにない)にお湯を張り、ゆっくり浸って疲れを取りました。しっかり寝て、翌早朝のケツァール観察ツアーに備えます。
・8月25日
朝5時、ロッジレセプション前に集合。
ガイドさんと他のお客さんと一緒に、ケツァールを探しに出発です。
このロッジのケツァール観察ツアーのシステムは以下の通り。
ツアー出発前、山林を所有する近隣住民が自分の土地を見回って、ケツァールを探します。見つけたらガイドと連絡を取り合って、お客さんをそこに誘導します。コミュニティ全体の連携と通信機器の発達が可能にしたコンビネーションです。
ただし、相手は野生の鳥。
連絡を受けて急行しても、もう飛び立ったあとということもよくあります。
そんな時はガイドが近隣を探しに行き、私たちツアー参加客は目にも眩しい澄んで深い空の青と山の緑を眺めつつ発見の報を待ちます。
このツアーのケツァール遭遇率はかなり高く、個人的にはここ10年以上外れたことがありません。
今回も粘った末、まずは雌のケツァールを発見しました。
雄に比べると色合いも地味で、飾り羽根もありませんが、十分目を楽しませてくれる美しさです。
しかし目的はやはり雄。
近隣住民の皆さんと連絡を取り合いながら情報を探している間に私たち客が森につながる道をウロウロしていると、トロゴンが電線に留まっていました。
ケツァールの近似種で、これも非常に美しい鳥です。
最終的にかなり時間を費やしましたが、2時間以上粘った甲斐あり、ついに雄のケツァールを見つけました!
かなり遠目だったので、静止画は300mmのズームレンズをいっぱいに伸ばして撮影しました。
動画は、ガイドさんの単眼鏡+スマホカメラで。
そのような撮影環境のため、画質は粗いですが、雰囲気は伝わるでしょうか。
満足の得られる結果となったケツァール観察ツアーは予定より長引き、8時ごろホテルに帰着。そのまま朝食です。
コスタリカの朝食は、どこで食べても同じ。
「ガジョ・ピント」という、赤飯のチャーハンのようなものです。
朝からご飯というのは、私にとっては嬉しいメニュー。
それに、前菜のような形で熱帯フルーツがついてくるのが普通です。
朝食後、本ロッジオーナーで近隣の生物回廊プロジェクトのリーダーでもあるホルヘ・セラーノ・ジュニア氏に30分ほど時間をとっていただき、この地域の生物回廊プロジェクトについてお話を伺いました。
彼の祖父母がこの地に入植を始め、牧場やコーヒーなどによる開発の代わりに植林を始めました。もともとこの地はケツァールがたくさん住んでいた雲霧林でしたが、当時はあらかた森林が伐採されており、原生林は見る影もなくなっていました。そこで、ケツァールが主食とするアグアカティージョ(リトルアボカド)の木を植え始めたのです。
父母の代からは、ロッジを作って観光業に注力し始めました。しかし、観光業は他の農林業などと利害が相反します。90年代まで狩猟をしていた人たちもいて、コミュニティの関係はそれほどよくなかったと言います。
転機になったのは、80年代から推し進められるようになった国家単位での環境保護政策でした。自然保護区や国立公園が近隣に作られるようになり、セラーノ家が行なっていたエコツーリズムの後ろ盾となったとホルヘは語ります。
さらなる追い風は、「コスタリカ野鳥ガイド」の出版でした。コスタリカにいるほぼ全種類の野鳥のイラストと詳しい生態の説明が掲載されたこの本は国際的ブームとなり、「コスタリカは色鮮やかな野鳥天国だ」という認識が世界的に広まりました。そのおかげで、各国から野鳥観察のためにコスタリカを訪れる観光客が激増し、セラーノ家の事業の経営にとって大きな追い風になったとホルへは語ります。
植林が進むにつれ、戻ってくるケツァールの数も多くなり、観光業でも成功できるというロールモデルが確立しました。それを見たコミュニティの人たちが、雇用を生んでいるセラーノ家のケツァール観察ツアーのガイドになったり、自分の山林をツアー用に提供したりするなど、だんだん協力的になってきました。また、同様のビジネスを始める人も出てきました。
今では、環境エネルギー省などが中心になって、地域の学校で環境教育を行ない、自然環境と共生する生き方は当然のこととして意識されるようになっているそうです。
そこに、2015年ごろに環境エネルギー省とその内部組織である国家保全区域庁(SINAC)から地域に生物回廊を作る担い手を求める呼びかけがあり、ホルヘを含む複数人がそれに応じて地域委員会を結成しました。
彼が住み、活動している地域はドータという県(Cantón)で、その中で彼は自分たちの植林・エコツーリズム活動を生物回廊というコンセプトに落とし込んでいきます。もともとセラーノ家が行なっていた活動は生物回廊のコンセプトにぴったり一致していたため、彼らのケースはロールモデルとして周囲に影響を与え、コミュニティ内で肯定的に受け入れられました。
この生物回廊のコンセプトはタラスー、レオン・コルテス、アコスタといった隣県にも広がっていき、いまではひとつの生物回廊を構成する、人口5万人以上を擁する広大な地域となっています。このロス・サントス生物回廊は、現在では以下の写真に写り込んでいる地域すべてを含みます。
地域委員会の役割は、コミュニティの経済活動を持続可能なものにするだけにとどまりません。生物回廊の基本コンセプトは「接続性」です。保護区と保護区をつないでいくことで、幅広い地域で生物多様性を保護するということです。それを保障するコミュニティをつくるため、自治体の政策立案や協同組合・民間経営体のポリシー策定にも関わります。接続性や生物多様性などを考慮し、それらの政策やポリシーが生物回廊のコンセプトを推進するものか阻害するものかを判断して勧告を出すのです。
協同組合をはじめとした他の組織も、生物回廊地域委員会と協働します。たとえばここロス・サントスには、コーぺサントスという発電協同組合があります。メインの事業は地域内での風力発電および送電ですが、この組合と国営電気電話会社(ICE)、生物回廊地域委員会は共同で地域コミュニティの飲料用水の水源確保活動を行なっています。
ホルヘは語ります。将来的には海岸線からコスタリカ最高峰、標高3,880mのチリポ山周辺までひとつながりにしていきたいと。これはかなり膨大な面積と自治体にまたがるもので、市街地を含めたより広大な地域と、より多くの人びとの積極的参加を必要とします。いつ実現できるのか、大いに期待したいところです。
短い時間でしたが、非常に詳しいお話しを伺うことができました。
その内容に関しては、生物回廊に絞った別途報告の中でお伝えする予定です。
ちなみに上の写真の左手にある赤い円盤のようなもの、何だかわかるでしょうか?
これはハチドリ用のバードフィーダーです。
このロッジの目玉はケツァール観光ツアーですが、それなしでも色とりどりの煌びやかなハチドリたちを目の前で観察することができます。上の写真、実はスマホで撮影したものです。この距離感で、人の指の長さほどのハチドリを観察できるのも、このロッジの大きな楽しみです。
昼前にロッジを出て、一路サンホセに戻ります。
ちなみに、コスタリカ人がみんな使っているカーナビソフトはwazeといいます。
googleのナビと同じような機能を持っているのですが、それ以上にローカルな情報が常にアップデートされており、非常に重宝します。
動物の死骸まで表示してくれるなんてすごいですね!
かつ、そこを通過した人が「まだ継続している」か「解消済み」かをレポートするボタンがあって、後続の人たちにアナウンスできる仕組みになっています。
これは便利!
遠目にサンホセ市街地の摩天楼(?)が見えてきました。
線路脇の道路を通って、ホテルに戻ります。
これでようやく前半戦が終了です。
ラ・グアリアでは持続可能な開発の難しさを、ロス・サントス生物回廊ではその困難さを乗り越えた成功例をしっかり視察することができました。
後半、都市間生物回廊に関するインタビューと、私たちが手がける生物回廊農園「なまけものの通りみち」の訪問が待っています。
この続きもご期待ください!
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