2月17日、平和学という学術分野を創始したヨハン・ガルトゥング博士が逝去されました。ここに謹んで哀悼の意を表します。
■琉球新報「平和学の父、ヨハン・ガルトゥング氏が死去 「積極的平和」を提唱、辺野古の新基地建設に反対 沖縄を「平和の拠点」にと提起」
ガルトゥング博士は「平和」を学術分野に落とし込み、社会科学的アプローチを構築する一方で、世界各地の紛争解決に携わり、現実に平和構築に関わってこられました。日本とも縁深く、度々来日しては数々の大学で教鞭を取り、広く市民社会でも講演やワークショップなど通じて、平和学を世に広めました。
弊所代表理事足立力也が平和学を専門のひとつとすることになったのも、ガルトゥング博士と出会ったのが直接的な契機です。コスタリカで新たな平和観を得た後、京都YWCAが中心となって開催された集中的なガルトゥング平和学・紛争解決学ワークショップに継続的に参加し、直接的なご指導をいただきました。足立力也平和学は、私がフィールドとして専門とする「コスタリカ学」と「ガルトゥング平和学」の”マッシュアップ”として構築されています。ガルトゥング博士がいなければ、当研究所もなかったことでしょう。
博士からの学びは多岐にわたります。
第一に、「平和を科学すること」。
ともすれば感情論に陥ったり、軍事論に矮小化されたりする「平和」という話題を、科学の一素材として扱うことで、平和を「法則化」した功績は甚大です。「構造的暴力と平和」は今でも大学における平和学の最も基礎的なテキストとして使用されています(私も大学の授業では教科書に指定しました)。平和を科学とすることで、法則化と再現性の確保が容易になり、「知っていれば誰でも平和へのアプローチができるんだ」ということを証明しました。その功績はどれだけ評価してもしすぎるということはないでしょう。
第二に、第一の点とも関係するのですが、数学的思考の重要性です。
あまり知られていないかもしれませんが、ガルトゥング博士は数学者でもあります。平和や暴力、紛争を数学的思考に落とし込むことで、課題を整理できることが多々あります。私は個人的に数学があまり得意ではないのですが、それでも「数学的に考えてみること」を意識することで、平和理論構築や紛争構図の分析などがはるかに容易になりました。
ガルトゥング博士による紛争解決学の真骨頂である「トランセンド法」も、紛争のアクターをx軸・y軸と捉えて考えることで紛争の構図の転換を図るというものです。下図は、AとBの紛争を図式化したものです。
y軸はAの、x軸はBの目標達成度合いをそれぞれ表します。ガルトゥング紛争解決学では、「紛争」を「複数のアクターが、同時に達成不可能な目標(ゴール)を達成しようとする時に生じる矛盾」と定義します。①〜⑤は、この紛争におけるエンディングシナリオを表しています。つまり①はAの勝ち/Bの負け、②はBの勝ち/Aの負け、③はどちらも目標達成を諦める「撤退」、④はそれぞれが半分ずつ目標を達成する(=どちらも目標の半分は諦める)「妥協」です。ほとんどの紛争はこれらのどれかのシナリオになってしまうのですが、そこで「両者のゴールが同時に達成される目標設定」を目指すのがガルトゥング理論における平和構築で、それが⑤の「トランセンド・ポイント」(超越点)にあたります。詳しくはガルトゥング博士の著書をお読みいただきたいのですが、トランセンド法に関してとてもわかりやすく書かれている下記入門書をおすすめいたします。
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また、足立力也平和学におけるその集大成が、「平和の数直線」の発明です。これは、平和の定義(概念)を以下のように数直線で表したもので、「足立力也最大の発明」と評価をいただいています。
その発明も、ガルトゥング博士の薫陶があったからこそ生まれたものでした。
ちなみに、この中で「消極的平和」「積極的平和」という概念を再定義していますが、ガルトゥング博士の定義とは違います。ただそれも、ガルトゥング博士の定義が先行研究としてあったからこそ、それを批判的に発展させることができたものです。(科学の発展とは批判的発展の積み重ねです)
第三に、研究者であると同時に実践者であることの重要性です。
オスロ平和研究所を創設し、半世紀以上にわたって、都度都度新たに起こる紛争や暴力を分析し、その出口を提唱するなどの研究活動と並行して、数々の現場に赴き、仲介者として介入もして、現実の紛争解決にも大きな貢献を果たされました。「平和学は実践科学である」ということを、身をもって後進の私たちに示したことも、はかりしれない功績です。象牙の塔にこもってばかりいるのは、平和学徒の本来の姿ではありません。
弊所はガルトゥング博士の遺志を継ぎ、今後とも「行動する社会科学研究所」として邁進する所存です。引き続き皆様のご支援、よろしくお願いいたします。
また、弊所資料室にはガルトゥング博士の著書を複数所蔵しております。気になった方はお越しいただければ閲覧・貸出もいたしますので、どうぞ弊所へ足をお運びいただければ幸いです。
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